並行世界とつしまみれ愛
いつのまにやら並行世界(パラレルワールド)に落ちてしまったのかもしれないと感じた。
並行世界は、一部が異なるが、それ以外はほとんど同じ世界のこと。
この世界では、つしまみれのドラムがまいこさんなのだなと思った。
◇
ここ数年体調が芳しくなく、ライヴに行ける本数が一気に減った。
つしまみれを最後に見たのは、今年一月の献血ギグ@四谷アウトブレイク。
それから、脱退、新メンバー加入とあったつしまみれ。
その間、ライヴをまったく見ることができなかった。なんだかんだでCDも買えていない。
果たしてどんなタイプのドラマーなのかなぁと思い、今回初めて見た感想が「並行世界に落ちたのかな」だった。
そう思った理由は、これまでのつしまみれと、同じ空気感でドラムを叩いていたからだ。
◇
常に思い通りの音を出したいのであれば、機械に叩かせればいい。
リズムキープだって完璧だろう。
その中で、人が叩く理由があるとするならば、「空気感」だと思う。
空気感とは「個性」と言ってもいい。
機械では、機械的になってしまう。
走ったり、もたったり、そういうところを含めて、人間が叩く意味となる。
◇
まいこさんのドラムはつしまみれのドラムそのものだった。
どれだけ練習したのかと驚愕した。
あるいは初めは、コピーを目指してたのかもしれない。
しかし、コピーの度合いをはるかに超えていた。
「そうそうこういうところで、走りがちになるよね」というところまで合っていたのだから。
◇
人が技術や知識を会得できた時、理由は2つしかない。
「必要だから努力した」「好きだからただ黙々とやった」
多くの努力は、必要に迫られて行うものだと思う。
しかし、この努力は、必要最低限までしか続かない。
それ以上は必要性がないので、努力できないのだ。
一方で、好きで黙々と行うと。
それは周りから見ればとんでもない努力だが、本人にとっては楽しみであったりもするので、驚くほど上達する。
だから、結果を大きく左右することになる。
まいこさんのドラムは、明らかに後者だ。
好きが為せることだろう。
◇
しかし、好きなだけではできないことがある。
空気感を再現するということだ。
それを行うためには「愛」が必要だ。
「愛」とは「つしまみれを、つしまみれとして受け入れ、受け止める態度」のことだ。
それをできたからこそ、空気感をも再現できているのだと思う。
前任者が、とか。
私は後任だから、とか。
そういうレベルの話ではない。
つしまみれが歩んできた歴史を愛し、一員となり、その続きの物語を愛しているからこそ。
つしまみれのドラムとしての空気感が、体に染みついたのだと思う。
懐かしのフレーズで言うならば「ラーニング」というやつだ。(出典:ファイナルファンタジー)
つしまみれのドラムを自分のものにしている。
だから、新曲でも違和感のないドラミングになる。
◇
心のどこかで、つしまみれは一旦止まってしまっているかもしれないと思っていた。
バンド性を再構築するまでにもう少し時間がかかるのかなと思っていた。
しかし、まいこさんというつしまみれ愛にあふれたドラマーが現れてくれたおかげで、まったく止まることもなく、進んでいると感じている。
その証拠に、今回のステージでは、新しい姿が見れた。
今までは、その関係性もあり、3人で安定している印象があった。
3人でコミュニケーションを取ろうとすると、必然的にフロアへの意識が減る。
それが良くも悪くも3人で安定していた。
一方で今の状態だからこそ、フロント2人でコミュニケーションを取れるようになっていたと思う。
2人ならば、ステージ側に身体が開くので、自由度が高くなっていた。
これが新しい、コンビネーションという形になり、フロアへの意識も高くなっていた。
そして、2人のコンビネーションを見ているまいこさんも、お客さんと同じように嬉しそうにしていた。
◇
つしまみれは、止まることなく、つしまみれを愛し、物語を紡ぎ続けていた。
新しい仲間と一緒に。
そして、まだ見ぬファンと共に、武道館を目指すのだろうと確信した。
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