差別に関する違和感
コントで、付け鼻をつけたり、顔を黒く塗ったりすると、差別だと言われる。
そう言われる理由は当然分かる。
気持ちも(私が言うのはおこがましいかもしれないが)少しは分かる。
だけど。
ほんのすこしだけだけど、違和感もある。
今回は、この違和感の話。
外国では、肌の色や特徴で差別をしていたという事実があった。
ただ、一方で、日本人が付け鼻をつけることが。
イコール外国人をバカにしているかというと、それは違う気がする。
どちらかと言えば、羨ましがっているのに近い気がする。
肌の色を黒にするのだって。
どちらかと言えば、カッコイイと思ってやっていることが多いような気がする。
つまり、「差別的意識」がそこにはないような気がする。
「差別」が良くないというのは、言わずもがなで。
それを良しとすべきでない。
一方で、付け鼻や色を塗るという「差別的行動」については、グレーな気がしている。
「差別的意識」を発端として「差別的行動」を行うことを「差別」と呼ぶべきで。
「差別的行動」だけでは、「差別」とは言えないと感じる。
見る人が見たら、「差別」だと感じる。
文化の違いによって、「差別」だと感じる。
それを「差別」とするかはとてもグレーな気がしている。
誤解を与えるからダメというのは正論だし、そうだろうなとも思うんだけど。
「差別」していないということを、もう少しきちんと説明してもいい、とも思う。
それが、文化の交流というものではないかなと思っている。
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