溺れる人に泳ぎを教える
今まさに溺れている人に泳ぎ方を教えるのって、おかしいじゃないですか。
「まずは助けなさいよ!」ってなるじゃないですか。
だけど、不思議なもので。
こういうことって、現在進行形でおきているんですよね。
原因の一つに「ブレた」という揶揄があると思います。
状況によって、すべきことが変わるのに、それをもって「ブレた」と揶揄するわけです。
だから、ブレないように、はじめから泳ぎ方を教えとくっていうね。
ちょっとおかしい選択をしなくてはならないのだと思います。
裏の裏をかき過ぎだなと思うのですけどもね。
そういう世の中でもあるのだなと。
今日の仮説・叩き台
『「溺れる人に泳ぎを教える」ことに対する違和感よりも、「ブレた」と言われる恐怖のほうが強い。』