カセツ タタキダイヲ テイジス-仮説、叩き台を提示す-

現時点での暫定的な解答、仮説、叩き台をここに提示す

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自分探し

   

「自分探し」って何よ?ってことなんですが。
端的に言うと「好きなこと探し」とか「大事なもの探し」なんだと思います。

「自分探し」っていうからちょっと分かりにくいんであって、「自我探し」って言ったほうが、まだ分かりやすいのではないかなと。

さて、「自我」がなぜ「好きなこと」や「大事なもの」になるかというと。
「嫌いなこと」や「不要なもの」「興味ないもの」を探す必要性があまりないというか、探さなくても見つかると思うからです。

「自分探し」をする過程で「嫌いなこと」や「不要なもの」「興味ないもの」はたくさん見つかります。
それに対して、なんで嫌いなのかな?って考える。
すると、それがヒントとなって、「好きなこと」や「大事なもの」が見つかります。

そもそも。
なんで、自我を見失うかというと。
自我を出さないことを求める社会なんだと思います。
井の中の蛙になることを求める社会というのは、「あんまり自分出すなよ」という社会でもあり。
その中で何十年も生きていれば、見失ってしまうんでしょうね。

そうそう。

こんまりさんの「人生がときめく片づけの魔法」という本を読んだのですが。
あれは、まさに自分探しのやり方でした。

自分探しをして、好きなことが見つかったらどうするか?
それをとことん伸ばしてあげればいいんです。
そうすれば、井戸から出たはずの、社会の方から近づいてくるんじゃないかなって思います。

あぁ、それと。
「好きなこと」や「大事なもの」は増えたり、減ったりします。
常に変化していくものだと思います。

今日の仮説・叩き台
『「自分探し」とは「好きなこと探し」「大事なもの探し」のこと。』
『「好きなこと」「大事なもの」が見つかったら、それをとことんやればいい。』
『「好きなこと」や「大事なもの」は増えたり、減ったりする。』

 - 仮説・叩き台

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