できない理由
社会人になって知ったこと。
「何故できないのか?」と聞かれた際の理由は、10も20も作れる。
ここから分かる2つのこと。
1つ目。
「できない」時、正当と思われる理由が、10も20も作れるんだったら
「やりたくない」時の理由なら、100でも200でも作れるということ。
「理由があるからやらない。やれない」のではなく
「やりたくないから理由を作ってる」ってこと。
失敗すること折込済みでやってみるのもいいんじゃないかなって思う。
2つ目。
「できない」時、正当と思われる理由が10も20もあるということは
実はたぶん、それ、ほとんど理由になってない。
少なくとも、ボトルネックじゃない。
ボトルネックじゃないということは、「できない理由」を解決しても、できるようにならないってこと。
だからもしかしたら、いとも簡単にできるかもしれないってこと。
ボトルネックかどうかは、論理的に考えると分かるもの。
論理的って難しいように聞こえるけど、「そうやったら、当然そうなるよね」ってこと。
「あたりまえ体操」みたいなもの。
今日の仮説・叩き台
『できない理由ならいくらでも作れる。』
『できない理由は本当は理由になってないことが多い。』
『論理的思考は難しそうだけど、あたりまえなことを言っている。』