カセツ タタキダイヲ テイジス-仮説、叩き台を提示す-

現時点での暫定的な解答、仮説、叩き台をここに提示す

*

LGBT

   

高校の時の先輩がゲイだった。
最初はとてもショックに感じた。

でも、本人からいろいろな話を聞いてくうちに、どっちでも良いような感覚になっていった。
ゲイだろうとなんだろうと、この人、面白いしな、と。

そういう感覚を覚えて。
あぁ、オレの中から偏見みたいなのが消えたなぁと思ってた。

一方で思ったのは。
じゃあ、自分に子供が生まれて、その子がLGBTだとして。
そのことを知った時に、オレはなんて思うだろうかということ。

先輩は言ってみれば他人で、自分には関係ない話と思うこともできる。
じゃあ、自分の子供だったら?
好きな人を連れてきて、同性だったりした時に、オレは祝福してあげれるかなぁと。

何となく答えは見えていて。
祝福できるような気もしているのだけれど。
実際にその時にならないと分からないよなぁとも思う。
てゆーか、結婚もしてないし。笑

あなたはどうですか?

今日の仮説・叩き台
『自分の子供がLGBTだった時に祝福できるか?というのは、大きな問題かもしれない。』

 - 仮説・叩き台

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です